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大阪高等裁判所 昭和35年(ウ)102号 決定

申立人 オリエンタルタクシー株式会社

被申立人 山河一二三

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

本件申立の趣旨は、「神戸地方裁判所昭和三四年(ヨ)第一八四号仮処分命令申請事件の判決に基く仮処分の執行は大阪高等裁判所昭和三五年(ネ)第一〇八号仮処分申請控訴事件の判決あるまでこれを停止する、との裁判を求める。」というのであり、その理由は別紙申立の理由に記載のとおりであつて、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

仮の地位を定める仮処分を命ずる判決においても、その判決に対して上訴が提起されたときは、仮処分の内容が権利保全の範囲にとどまらずその終局的満足を得しめ、若しくはその執行により債務者に対し回復することのできない損害を生ずる虞ある場合には、例外的にその仮処分の執行の停止を命じうるものであるが、他面この種仮処分の性質上或る範囲において仮の地位を設定しこれに基く給付を仮処分債務者に命じうることは事理の当然であつて、従てこの範囲においては仮処分債権者が恰も本案訴訟において勝訴したのと同様の地位を有するかにみえるのも亦止むを得ないものであり、要は右設定せられた仮の地位及びこれに基き命じられた給付がその仮処分の目的を達するための必要な限度に止まるか否かがさきに述べた終局的満足を得しめるものでないか否かを決する鍵としなければならない。そして本件のような使用者が労働者に対してした解雇が不当労働行為に該当するものであることを理由として、右解雇の意思表示の効力を本案判決の確定に至る迄仮に停止しその間使用者に賃金の仮支払を命ずる仮処分が一般的に権利保全の範囲を逸脱し終局的満足を得しめるもの、といいえないこというまでもないし、本件において被申立人が他に収入を得る方途と能力があるかどうかは、原判決が仮支払を命じた被申立人月収手取額相当の金員がその額において妥当であるかどうか(惹いてはその支払を命ずること自体が妥当かどうか)の問題として、その仮処分事件の控訴審において更に検討さるべき事柄ではあるけれども今直ちに右金員の仮支払を命ずることを以て前記権利保全の範囲を逸脱するものとはいい難いし、申立人が右仮支払に堪えず、また本案訴訟において勝訴してもその支払つた金員の回収ができない虞れがあるとすれば、被申立人をして労務に服させることによりその損害を防止することもできるのであるから、この一事を以て回復することのできない損害を受ける虞ありということもできない。

以上のとおりであるから申立人の本件申立はこれを失当として却下すべく、申立費用の負担について民事訴訟法第九五条第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 吉村正道 竹内貞次 大野千里)

(別紙)

申立の理由

一、被申立人と申立人間の神戸地方裁判所昭和三十四年(ヨ)第一八四号仮処分命令申請事件につき右裁判所が昭和三十五年一月十八日言渡したる判決中申立人敗訴の部分につき昭和三十五年一月二十六日控訴の申立を為し御庁昭和三十五年(ネ)第一〇八号事件として民事第六部に繋属中である。

二、原判決の主文

(1) 債務者(申立人)が昭和三十四年五月十日債権者(被申立人)に対してなした解雇の意思表示の効力は本案判決の確定に至るまで仮りに之を停止する。

(2) 債務者(申立人)は債権者(被申立人)に対し本案判決の確定に至るまで、仮りに十四万八千二百七十二円並びに昭和三十五年一月二十八日以降毎月二十八日限り金壱万八千五百三十四円宛を各支払うべきことを命ずる

(3) 債権者のその余の申請はこれを棄却する

訴訟費用は全部債務者の負担とする

三、右判決主文に基き申立人は被申立人に対し一ケ月金壱万八千五百三十四円の割合にて昭和三十四年五月以降同年十二月まで合計拾四万八千弐百七拾弐円也と昭和三十五年一月分壱万八千五百三十四円也を昭和三十五年一月十九日及一月二十八日支払つた。

四、申立人会社の構成と規模

(1) 昭和二十八年三月二十八日資本金壱千万円也の株式会社として発足したタクシー営業者である

(2) 株主は五人である

(3) 全従業員は七十七人である

〈ィ〉 経営者=取締役三人、監査役一人

〈ロ〉 運転手=五十六人=正規四十八人、予備員八人

〈ハ〉 修理工=七人

〈ニ〉 事務員=八人

〈ホ〉 雑役夫=二人

(4) 登録車輌台数二十四台

〈ィ〉 ヒルマンミンクス=(八十円タクシー)=七台

〈ロ〉 トヨペツトコロナ=(七十円タクシー)=六台

〈ハ〉 ダツトサン=(七十円タクシー)=六台

〈ニ〉 ルノー日野=(七十円タクシー)=五台

以上が申立会社の人的、物的構成、規模であつて、小企業タクシー業者に属し株主配当の如きは創業以来無配である

申立会社の収入はタクシーの水揚金を唯一のものとし平均壱ケ月の収支は順送りの借入運転資金によつて、漸く其バランスを保つ程度の業態である。

五、被申立人(債権者)山河の労働者としての地位

(1) 被申立人は一般労働者と異り大型第二種運転免許を有する運転手であつて臨時たると常傭たるとを問ず完全就職の可能性を持つ所謂熟練工に勝る特殊の技能者である

従つて、原判決の基底をなす労働者が一度解雇されんか直ちに其日の生活に重大にして緊急の影響を及ぼすとの考慮は、この種、資格免許を有するタクシー運転手等には全く当らないのである。而も被申立人は健康であつて年令三十五才の働き盛りである、真面目に働く意欲さえあれば、あすの日からもタクシー業界と云わず其他運送業界は被申立人の如き有資格者を手を受けて待つているのが現在の実情である。

(2) にも拘らず、昭和三十四年五月十日申立人会社の都合により被申立人に解雇の意思表示を為してから本件仮処分判決ありたる昭和三十五年一月十八日までの間に被申立人は自己の特技を生かして臨時にてもタクシー業界其他に職を求めた事実も無く、自から兵庫県タクシー運転者共済組合(所謂白タク組合)に多額(九万円)の出資を為し乗用車運転に従事し居るのである反面に於て被申立人は以然既存のタクシー企業に雇われ就労することを希望し且つ生活上もそれを得策と考えいるものの如くである(原判決認定の事実)そうだとすると、前記の通り有資格運転手のタクシー業界其他の需要は増加の一途をたどりつつある実情に於て申立会社の解雇理由の正否は本案訴訟及本件の控訴審に於て双方それぞれ主張を明にして裁断を俟つても其間に被申立人に於て働く意欲さえあれば失職と云う事態は起らないものと断じ得るのである

六、以上の通り申立会社は小企業であり其収支も、たらい廻的運転資金借入操作によつて多数の運転手其他の従業員及其家族の生活を維持し居る程度である反面、被申立人等の特殊技能はタクシー業界其他運送業界も其労働力を待つこと多大であることは前述の通りである。

然るに原判決はこれ等の実情の認識究明も為さず労働者の解雇は直ちに以て被解雇者の死活に関係するとの一般論的予断を以て前記主文の如く、何年かかるかわからない本案訴訟の確定に至るまで、被申立人の生活給の強制力ある支払を申立会社に命じたのは仮処分の本質を逸脱し本案訴訟に於て被申立人が勝訴判決を受けたる以上のものを被申立人に賦与し、却つて、社会が必要に迫られている被申立人等の如き若い健康な特殊な労働力を放棄せしめ徒食に生きさしめる重大な結果を招来するものである、換言すれば原判決は仮処分の緊急性、必要性についての判断を誤つた違法な処分である。

七、要するに、原判決は仮処分の範囲を逸脱し、被申立人に本案訴訟に於て勝訴判決ありたると同一以上の結果を実現せしめ、かえつて労働者の神聖なる労働権を放棄せしめる結果を招来するものであることは前記の通りである。

現に被申立人は原判決の言渡ありたる後に於ても申立会社に其労務の提供につき申入れを為した事実もなく、相変らず、所謂白タク運転手として働いている実情である。

反面申立会社は前記の通り収支相償う程度の小タクシー業者であり原判決によりいつまで続くかわからない本案訴訟の確定に至るまで、被申立人に対し其生活給を支払うに於ては累計して莫大な金額にのぼる反面本案訴訟に於て申立人勝訴の場合に於て被申立人から回収することの不能なるは明であるから結局申立人は前記違法なる原判決により償うことの出来ない損害を生ずる虞れあるを以て、原判決主文の昭和三十五年二月以降将来の賃金支払の執行の停止取消を求むるため本申立に及ぶ次第である。

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